空騒ぎ
「悟りを開きました」
カカシが帰途についていると、イルカがドヤ顔で肩を叩いてきた。
「また変な遊び始めたんですか? それはいいですけど、『お疲れ様』が適切な声のかけ方だと思います。あと、それ系に巻き込む人物は俺の関係者以外にしてくださいね。色々と面倒なんで。さらに言うと、悟りって、開いた自分とかそういう概念そのものがなくなるんで、わざわざ口にしないって聞いたことがありますよ」
「ベラベラとよく喋る上忍ですね」
「上忍がベラベラ喋って何が悪い」
「悪いなんて一言も発してませんよ。思ったことを口にしたまでです」
「悪意がなければ許されるなんて思わんでください」
「許されようとか、そういった感情は一切ないんで。いつからでしょう、周りの目が気にならなくなったのは。これも悟り効果?」
「悟りをお手軽スキルみたいに扱うんじゃねえ。関係者に全力で謝罪しやがれ。あと多分それ年食ったからだよ」
「……会話する相手がいなくてストレスを溜めているんでしたら、俺が何らかの対価をもらえれば付き合いますんで、いつでも仰ってください」
「話す相手がいなくて、ここで発散しているわけねぇですよ。っつーか、悟り開いた奴が対価を求めないでいただきたい」
イルカは優しい目をカカシに向けた。
「悟りを開いても生活は普通に続くので、できれば豪遊したいんです」
「何もわかってない人間に優しく教えるような態度は止めてください。欲が深いどころか、欲の権化みたいになってますよ」
「そういうものに、わたしはなりたい」
「すでになっていると申し上げたはずですが。っつーか文学作品を汚しにかかるのは止めろ。悟りの話はどこにいった」
「山のあなたの空遠く」
「うん、どっかいっちゃったんですね」
「と思ったら戻ってきた!」
「情緒不安定で怖いです。もう一回お空の向こうまでやっちゃってください」
「……お空って……可愛さアピールですか?」
嘲るように笑うイルカに向かって繰り出された蹴りは、あっさりと避けられた。
「たまに思うんですが、イルカ先生って異様に身体能力が高いですよね」
「行動パターンに変化がなければ、避けるのは簡単でしょ。避けるパターンも肉体に刻み込まれているんで、もう条件反射で回避できますよ。知人の子どものダイブは回避できませんけど」
「さらりとディスられた気がします」
「そんなことはありません。様々なパターンを経験してきたカカシ先生は、あらゆるところで活躍ができる方です。対して、俺はカカシ先生のワンパターンな行動にしか対応できないんですから」
「上げて落とさないで。上げ続けて」
「対価を要求する」
「支払ったら褒め称えてくれると」
「気分によっては」
いつもと違う角度から拳を繰り出したのだが、イルカに避けられた。
「いま、ちょっと本気でいったんですけど」
「ワンパターンって言われたら、違う方向からくるだろうなって予想くらい立てられます」
「ちょっと納得いかないんですけど」
言いながら、次々と攻撃を仕掛けてみるも、当たらない。
この人、本当に中忍か?
カカシがそう思い始めた矢先、背後から大型犬のダイブを受けてイルカが顔面をしこたま打った。地面に顔を埋めたまま動かない。
カカシがイルカの背に乗ったままの犬を撫でる。首輪をしているので散歩中にリードが外れたのかと思ったが、飼い主は見当たらず、この犬にも色々事情があるのかもしれないと想像する。ひとしきり撫でられて満足したのか、走り去る犬に複雑な気持ちで別れを告げた。
「俺の実力はこんなもんです」
未だ突っ伏しているイルカが言う。
「パターン対策が俺に特化し過ぎてて、恐怖すら覚えました」
「回避はできるけど攻撃は当てられないんで、役に立ちませんけどね」
イルカが起き上がって土を払った。
「悟りを開き、勝ち負けなんて概念を持ち合わせなくなったいま、俺があの犬に対して思うところはありません。覚えてろ、次に見かけたら本能のままにモフッてやるからな」
「最後に本音ダダ漏れじゃねえか。愛でる気満々じゃねえか」
「悟りは愛なんですよ。全てを愛し、全てを受け入れることができるのです。あとモフりたい」
「欲と概念にまみれまくっててもなお、悟りを開いていると言い張るあんたは凄いと思います」
「元旦早々仕事してるあたり、正月の概念は消失しました」
遠い目をするイルカ。
「……帰ったら、雑煮食べましょうね」
同じく遠い目をするカカシ。
──休む。
その欲と概念を大切にしていきたい。
元旦の早朝に仕事から解放されたカカシは、初日の出を眺めながら心の底からそう思ったのだった。
2019.01.01
|