スクワット
「スクワットを一ヶ月続けると、尻の形が綺麗になるそうです」 扉を開けると、家主がまっすぐこちらを見ながら中腰で言った。 「言いたいことは色々ありますが、なにから伝えていいのかわからんので、とりあえず、ただいま」 「お帰りなさい。一緒にどうですか?」 イルカは言いながら、上下に動いている。 「まずあんたの職業をうかがってもいいでしょうか」 「職質!? おおお俺は怪しい人間じゃないですよ!?」 「挙動が不審すぎるだろ」 靴を脱いで家に上がり、カカシは近くにあった雑誌を手にして寝転がる。 「美尻は一日にしてならず!」 イルカは見事な足捌きでカカシの持っていた雑誌を吹き飛ばす。 「飽きてきたからって、仲間を増やそうとせんでください」 「カカシ先生って、たまに気持ちが悪いほど俺の心を読みますよね。俺の研究でもしているかのようです。あれ? なにそれ怖い。ストーカー法を適用するレベルで怖い」 「恐怖はときに信仰の対象にもなりますから、ひれ伏して崇め奉っていただいてもいいですよ」 「発言が俺に似ていて更に怖くなりました」 「自分をよくわかっていらっしゃる」 「……いや、俺はそんな不遜な発言はしませんね」 「なんでいきなり好感度を取りにきた」 「笑顔が素敵な中忍ですから」 満面の笑みでスクワットを続ける。 「尻……垂れてるの?」 「年齢のせいか少々」 「忍として恥じ入ればいいと思います」 「忍が運動不足でなにが悪い!」 「悪くねぇ要素が一つもないわ!」 「うそ……」 「信じられない、みたいな雰囲気出されて、俺が同じセリフを吐きそうになりましたよ」 「忍だって人間ですよ?」 「尻ごときで根本まで立ち返りやがった」 「あなたは尻のコンプレックスをなに一つ理解していない。垂れていることに加え、受付の座り仕事のせいか色素沈着していることに気付いた俺の気持ちがあんたにわかりますか?」 「ちょくちょく乙女思考ですよね」 「鏡を見て目を見開き、とりあえずヒップアップ効果もあるクッションを買いに走った俺の気持ちがわかりますか!?」 「心底わかりたくねぇな、おい」 「よくわからんが無駄に業は深そうです。っつーか、どの層に向けてなにアピールしたいのかが、まず不明です」 イルカはスクワットを止め、驚きや困惑、そして少しの喜びが混ざった表情になる。 「こんなくだらない発言にいちいち返事をしてくれるカカシ先生って凄いですよね。たまに尊敬しそうになります。しませんけど」 「とりあえず殴りたい」 「ご自分を殴っておいてください」 「実行に移したらどうします?」 「カカシ先生のご乱心を拡散して好感度を落とします。俺の噂広め能力とあなたの人気のガチバトル」 「金と地位と見た目を舐めないことですね」 「さり気なく顔を入れてくるあたりに、正直苛立ちを覚えずにはいられませんが、その傲慢さがあなたの命取りになるでしょう。現在のシミュレーションだと4・6くらいで優勢です」 「すみませんでした」 「戦う爪と牙を失いましたか?」 「くだらないことだと、とんでもない成果をたたき出しそうなので、早めに謝罪しておいた方が賢明だと判断しまして」 「褒め方が下手ですね」 「相変わらずポジティブっすね」 「では、そろそろ夕飯食べますか」 「飽きたな」 一ヵ月後、色素沈着はマシになったが、尻は相変わらずなイルカの姿があったそうな。 これは相変わらずな二人の、相変わらずな日常のお話。 2016.12.16 |