ありがたみ
「カカシ先生、落ち着いて聞いてください!」 バンと自宅の扉を開けてイルカが叫んだ。 だが、室内には誰もいなかった。 その姿を50メートル後方で目にしていたカカシが、静かに踵を返す。 「気付かぬと思いましたか?」 イルカに肩を叩かれた。 「無駄に速くて怖い」 「実力を出せばこんなものです」 「部屋の中の気配も読まずに、うっかり叫んだ人の台詞とは思えませんね」 「実力を出さなければ、あんなもんです。ところで……」 「お疲れさまでした」 「人の話を聞かないなんて、社会に適合するつもりがあるんですか?」 「ありません」 「教育的指導!」 突き出したイルカの拳が空を切る。 「俺のありがたい拳から、なぜ逃げるんですか?」 「ありがたみが分からないからですよ?」 「嘆かわしい。指導と暴力を取り違えるのは、いかがかと思います」 「指導する人が俺のことを思い、かつ拳に頼らざるを得なかったなら、そんな状況を作ってしまった己を責め、かつ指導者に感謝と謝罪をしますが」 「俺のことじゃないですか!」 「図々しいにも程がある!」 「あなたが社会に適合できるように、俺は拳を痛めようとしたんですよ? 本当ですよ? 疑ってはいけませんよ?」 「頼らざるを得なかったという部分をスルーしてやしませんか」 「説得の内容を考えるのが面倒だった」 「そんな理由が通るか、バカタレ」 「いや、実際は返し文句にイラッとしただけなんですが」 「それ以外の理由だったら、逆にビックリでしたね」 「カカシ先生って、あらかた話が終わってから『実は最初から分かってましたよイッケメーンフゥー!』って流れになりますよね。本当に分かっていたのか怪しく思うことがあります」 「えっ、これどこから突っ込めばいいの? 意味不明な語尾からでいい?」 「語尾から突っ込んだあなたは、ズバリ目先のことにとらわれやすいでしょう!」 「心理テスト始めんでください」 「俺は好きですよ、心理テスト」 「訊いてねぇです」 「じゃあ訊け」 「だが断る」 こうして二人の睨み合いが始まった。 帰ってきた隣人が、全開なイルカ宅の扉と遠方で睨み合う二人を見て、長くなりそうだと、そっと扉を閉めておいてあげたのはまた別のお話。 隣人が案外いいやつだと発覚した冬の午後のことである。 2013.2.18 |