隙間
「今日、帰りに女性と目が合っちゃって」 イルカは麦茶を用意しながら話し始めた。 「不可思議な動きで女性を怯えさせた……と」 「失礼な。あなたの中の俺は、とんだ不審者ですね」 「俺の中でとどまっていてくれたら、どんなによかったことか」 カカシがサメザメと泣く。 「いや、真面目な話、同僚たちの間では癒し系ボーイという噂があったりなかったり」 「その噂は俺が潰しといたんで、安心してください」 「せっかく一年かけて広めた噂だったのに!」 「そんなこったろうと思ったよ!」 「さて、次の噂は何にしようかなぁ」 「ポジティブっすね、イルカ先生……」 「人生に障害や挫折はつきものです。ならば、その状況でなにができるか、なにをするのかに頭を使う方が建設的じゃないですか」 「いいこと言ってる風なのに、心に響いてこない不思議」 「人生という壁にぶち当たればいいと思います」 「何一つ癒されないんですけど!?」 「そもそも真の癒し系なら、自ら噂なんて流す必要ありませんけど!?」 「……本当だ!」 カカシは素直に「ごめんなさい」と謝った。 なぜかイルカも「ごめんなさい」と言いながら、なぜかタンスと本棚の隙間付近に、なぜかお茶の入ったコップを置く。 「いろんな意味でその行動が恐い」 「いやぁ、さっき言ってた目の合った女性がですね、俺の家までついて来ちゃったものですから。お茶も出さずに悪いことをしたなぁと」 「珍獣:ストーカーか!?」 カカシがタンスの隙間を見る。 女性と目が合った。 細い……五センチくらいしかない隙間で、女性は正面を向き、透明な姿でそこにいた。 「あんまりにも細いんで、今夜は彼女に肉でも食べてもらおうかと」 「食わねぇだろ」 「やはり菜食主義なんですかね」 「あんたの眼窩に詰まってるのは梅干しか?」 「涙がしょっぱいのが、そんな理由だったなんて!」 女の幽霊がカカシを手招きする。 カカシがあえて無視していると、今度は懇願するように両手を合わせ始めた。 「……なんのよう?」 「ここ……居心地悪い……あなたの家……行っていい?」 「いいわけあるかぁ!」 「断るなんてもったいない。幽霊に居つかれるなんてレアですよ?」 「やかましい! 幽霊と同棲とか、どんな罰ゲームだよ!」 「カカシ先生、家帰ってないじゃないですか」 「……ほんとだ!」 「じゃあこれ、カカシ先生の家までの地図です」 「じゃあの意味が分かりません」 「わたし……掃除……好き」 「では、これが俺ん家なんで、間違えないように」 こうしてカカシは住み込みの家政婦を得たそうな。 住み心地がいいと聞いた彼女の幽霊仲間が、こぞってカカシ宅に押し寄せたため、とんでもないビックリハウスになっていることを、家主はまだ知らない。 2012.07.27 |