精進

「……はぁ」

カカシがため息を吐く。

イルカは運んできた麦茶をちゃぶ台に置きながら訊ねた。

「マタニティブルーですか?」

「ここで『はい』なんて答えたら、あんたどうする気ですか」

「任せてください」

親指を立てるイルカ。

「そのホラ話は、どう頑張っても広まりませんよ」

「やる前から諦めるとは何事ですか!」

親指を下に向けるイルカ。

「むしろ諦めない方が何事って感じですがな」

言いながら、カカシはちゃぶ台に突っ伏した。

「……俺の無礼な行いを咎めないなんて、本当にどこか頭が悪いんですか?」

「暑いから相手にしないと決めたそばから、頭悪いとかピンポイントで失礼な発言せんでください」

「暑いのは精進が足りないせいです」

カカシは顔だけあげてイルカを見た。蒸し風呂状態の部屋で涼しげな顔をしている。

「心を落ち着かせていれば、むしろ寒くすらありますよ」

「くっ……今回ばかりは屈辱を甘んじて受けねばならんのか」

「水で濡らすと冷却効果を発揮するタオル、体に巻きすぎたかなぁ」

「心関係ねぇ!」

「そんなことありません。感情を昂らせた方が丁度良い温度になるんです」

「そのタオル、俺の汗で湿らせてやるわっ!」

立ち上がるカカシ。

「そんな気色の悪い涼はお断りです!」

ほどよい冷たさを満喫するイルカ。

もし扇風機さえ壊れていなければ……いや、風さえ吹いていたならば回避できたであろう悲しい戦いが、いま始まる──


2011.8.16

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