進化
カカシがイルカ宅に行くと、家主が目をつぶり、ハエ叩きを持って立っていた。 「うぉりゃぁぁぁ!」 イルカの攻撃をかわし、鳩尾に一発。 件の男はその場に膝をつく。 「なにを……するんでっ……ゲフッ」 「いや、こっちのセリフですから」 「羽音が聞こえたんで退治しようと思ったら、ハエの王様に反撃を食らったような気分でゲフ」 「その語尾やめい。あと、人を人外の王様にせんでください」 「下僕よりマシでしょう?」 「ハエワールドのヒエラルキーに組み込まれること自体を拒否しているんです」 「早く人間になりたい、そうおっしゃりたいんですね」 「俺はあんたの中で何類にカテゴリーされてるのやら」 「いっぱしの人間様気取りですか?」 「気取る必要なく人間様ですがね」 イルカのおでこにハエが止まる。 「俺は今、ゴータマ・シッダールタに進化しました」 「ブッダに謝罪してください」 「やはり、螺髪でないのに彼の名を語ってはいけませんでしたか」 「論点まるごとおかしいだろ。それよりデコのハエを叩きなさいな」 ハエがイルカのおでこから飛び立っていく。 「大変です、逃げられました」 「見りゃわかりますよ」 イルカは鞄の中をあさり、手にした物を電気の紐にぶら下げる。 「ハエ取り紙の設置完了!」 勢いよく振り向いたイルカの髪が、ハエ取り紙に引っ掛かった。 「……ハエ取り紙が諸刃の剣だったなんて誰が想像し得たでしょう」 「とりあえず、ハエに進化したイルカ先生を叩いていいですか?」 「いいわけありません。生き物は大切にしてください」 「ハエに進化――の部分を否定しろよ」 「そうですね、もしかすると退化かもしれませんし」 「俺はあんたの頭が進化してるのか退化してるのかが分からねぇですよ」 「それは非常に複雑かつデリケートな問題です。日々進化しているかのようですが、脳細胞が減少の一途をたどっていることを考えるなら、退化とも取れますからね」 「ハエ取り紙に引っ掛かりながら真面目な発言をされると、じわじわと面白さがわいてくるのだと知りました」 「ハエに敗北を味わってもらうためなら、その嘲笑、甘んじてうけましょう」 カカシは窓を開けると、ハエ叩きを掴んでフルスイングする。 「ハエ、出ていきましたよ」 「代わりといってはなんですが、カカシ先生に敗北を味わってもらうことにしますね」 「なんですと!?」 「とりあえず俺を助けてください。勝負はそれからです!」 「じゃあ、急に鍋食べたくなったんで、買い出し行ってきますね」 「臆したか、はたけカカシ!」 「鴨が食べたいなぁ」 「たぁすけてぇ!」 「よし、鴨にしよう」 こうしてイルカは放置された。 被害拡大を恐れてカカシの帰りを待ったのか、髪がとんでもないことになりながらもハエ取り紙から抜け出したのか、それは当事者のみぞ知る。 2010.04.24 |