煎餅

イルカは虚空を見つめながら小さな声で歌っていた。

「きぃみとぼくとで半分こ〜」

最後の一口煎餅を手に取っていたカカシが、ハッと雑誌から顔を上げる。

「イルカ先生、お茶ください」

「お茶っ葉を湯飲みにしこたま詰めてきますね」

「なにゆえ嫌がらせされねばならんのです」

「自分の胸に手をあてて考えてください」

カカシは言われた通り、胸に手をあて、そして首を振った。

「理由なき嫌がらせ……か」

「まるで俺が思い付きで嫌がらせしまくってるみたいな言い方は、やめていただけませんかね」

「日頃の自分を、胸に手をあてて思い出しやがれ」

イルカは胸に手をあてて目を閉じた。どれほどそうしていただろうか。やがてハッと目を見開き、静かな口調で告げる。

「AAカップです」

「訊いてねぇよ」

「Cカップメタボじゃないことが判明したんで、最後の煎餅ください」

「あんたが目を閉じてる間に、おいしくいただきました」

「あなたの乳をCカップにしてさしあげますね」

布団叩きを右手に装備したイルカが、ゆらりと立ち上がる。

「布団叩きは布団を叩くもんですよ」

「これは布団叩きじゃありません。そう――聖剣エクスカリボー!」

「なに、そのスッキリしない名前!」

「エクスカリボーは、煎餅を食う悪い子を退治するための聖なる棒なのです」

「使用頻度が低そうな棒ですね。というか、棒と呼ぶ形状かも怪しいんですが」

「たとえこれが箱だったとしても、俺が棒だと言ったら、それは棒なのです。広い世界のどこかでは、犬を猫と呼ぶ民族が存在するかもしれないじゃないですか」

「つまり?」

「このイルカ王国では、布団叩きを棒と呼びます」

「あぁ、やっぱり布団叩きなんですね」

「エクスカリボーなどという、ふざけた武器じゃないことだけは確かです」

「オリジナル設定をアッサリ捨てやがった」

「切り替えが早いと言ってくださいよ」

「投げっぱなしなアホ話に振り回される身にもなってください」

「俺、カカシ先生じゃないんで、カカシ先生の身になって考えたんですが『まぁ愉快』しか出てきませんでした。ごめんなさい」

「もっと謝ってください」

「心がこもってなくてもよろしければ」

「いらねぇですよ」

「あっそうだ、羊羮食べよう」

イルカは棚から芋羊羮を取り出し、上機嫌でパクパク食べ始める。

――なんか食いたかっただけか。

不毛な時間を過ごしたカカシは、切れた状態で並んでいる芋羊羮に手を伸ばし、静かに食べ始めた。

カカシが最後の一切れを食べてしまい、イルカの手に再度エクスカリボーが握られるのだが、それはまた別のお話。

芋羊羮を食べる悪い子が退治されたのかは、誰も知らない。


2010.03.16

 

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