お中元
「カカシ先生、ビールの美味しい時期が、またまたやってきました!」 帰途、前方にカカシを見つけたイルカが、大声で言いながら小走りで近づく。 「おっ良いですね、飲みに行きますか」 振り向いた瞬間、カカシは顔面に鈍痛を覚えた。どうやら殴られたらしい。 「なにするんですか!?」 「中元寄越せと言ってんのに、なにあさってな発言してんですか、あんた! 空気読めない子か!? むしろ、あえて空気を読まない子なのか!?」 「やかましいわ! 空気読めない目の前の王様を、瞬時に屍にしてやろうか!?」 少しの間があり、イルカが首を振る。 「お互い、少し大人げなかったですね。冷静になりましょう」 「俺にも非がある風に話を進めんでください」 「ほらっ、喧嘩両成敗?」 「いきなり喧嘩吹っ掛けられて、殴られた挙げ句に成敗までされるようなルールは、この世にありません」 「現実とは、時に驚くほどの矛盾をはらみ、かつ残酷な結末を用意してくれるものですよ」 「俺が今、用意しましょうか?」 「ごめんなさい、お中元よろしく」 「図々しいな、おい」 「日頃の感謝の気持ちを、物でもらって何が悪い」 「さらに図々しいな。俺の日頃の気持ちを拳にのせてよろしければ、お中元と言わず、いつでも差し上げますが」 イルカはカカシの握りしめられた拳を見て、眉をしかめる。 「日頃の『感謝』ってのが抜けてますよ?」 「冷静かつ、三度の図々しい発言にぐうの音も出ません」 「俺……もしかして図々しすぎ……ですか?」 眉尻を下げて泣きそうな表情のイルカは、上目使いでカカシを見た。 「図々しくないところを見つける方が難しかったです」 半眼でカカシが答える。 イルカは憎たらしい顔で舌打ちすると、手をパンパンと鳴らした。 「はいはい、この話は終了。飲みに行きますよ、カカシ先生の金で」 「終了したのは上辺だけで、根っ子の部分はまったく終了していない件を、小一時間ほど問い詰めたいんですが」 「断る」 「金出す人間の要望くらい、少しは聞いても良いのでは?」 「ワガママ放題ですね」 「あんたが言わんでください」 「ワガママな俺も悪くないと思ってるくせに」 「起きながら寝言を言う人間を初めて見ましたよ」 「寝言に返事をするのは、よくないそうです」 「いっそ夢の国の住人になれという、俺の日頃の気持ちが詰まってるんですかね」 「夢の国の住人になったら、中元貰えないじゃないですか!」 「リアルワールドでも、貰えるアテがないと言っとろうが!」 「じゃあ、酒飲みながらカカシ先生の愚痴を聞いてあげるんで、ください」 「俺にとっては、奢らされるわ、お中元あげなきゃならんわでメリットがないのに、なぜかその案は採用したくなりますね」 「俺の普段の行いのおかげです」 嫌な方向性で、まったくその通りだと思ったカカシだったが、今は黙っていた。説教くらわせてやるという熱い気持ちを胸に、居酒屋への一歩を踏み出す。 この後、酒の入ったイルカが愚痴を聞くわけもなく、居酒屋で散々難儀させられ、家で飲んでくれてる方がマシだという結論に達してお中元を贈ることになるのだが、この時のカカシはまだ知らないのだった。 2009.7.25 |