夏バテ

「今日という日は二度と来ない。ならば取るべき行動は一つ、この一瞬を懸命に生きる! 夏バテしていた昨日までの俺よ、さようなら!」

拳を握りしめ、なぜか熱く語っているイルカを、カカシは冷めた目で見ていた。

「カカシ先生、それは羨望の眼差しですか?」

「歪曲してますよ」

「使い古されたセリフを恥ずかしげもなく口にした俺への嘲りですか?」

「なぜそう極端なんですか、あんたは」

「羨望でも嘲りでもないとなると……」

イルカはハッと眉根を寄せた。

「俺の肉は旨くないですよ! グラムいくらで量り売りしても人気出ませんから!」

「その思考回路が理解できんわ。っつーか食うか。食欲減退してるのに、さらに食欲失うわ」

「覇気がないですね。あっ、もしかしてカカシ先生……」

イルカが労りの表情を浮かべ、カカシの肩を叩く。

「糖が出ちゃいましたか」

「出てねぇよ」

「それはよかった」

イルカは安心した顔で麦茶を飲むと、新聞に目を通し始めた。

「なんでしょうか、この放置されてる感は」

卓袱台に突っ伏しながら、カカシが呟く。

「いつもは『黙れ』と言うくせに、話しかけないならかけないで文句を言うなんて、恐ろしい子!」

「やっぱ黙っててください」

「何くれます?」

「今から失うであろう日常という名の輝かしい時間を返してあげます」

「じゃあ俺はトンカツをこんがりジューシーに揚げて、カカシ先生にプレゼントします」

「夏バテ気味な俺に対する嫌がらせですね?」

「夏バテしてそうだから、早々に絡むの止めたのに。バテてた時の俺に似てたから」

「そうだったんですか……すみません」

「テンション低くて、絡んでも楽しくなさそうだったんで」

「もはや怒る気力もない……」

「重症ですね」

「まるで俺がいつも怒り狂ってるみたいじゃないですか」

「間違ってたら申し訳ない」

「……怒る気力が少しだけ出てきましたよ」

「怒られるのは嫌なので、本格的にバテてはいかがですか?」

――明日には回復してやる。

カカシはギリギリと奥歯を噛み締めながら、回復につとめたそうな。


2008.8.3

 

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