温泉

昼間っから温泉に入っている男が二人。

現在、辺りに人はいない。

時おり離れた林の中から、ガサガサと葉が擦れ合う音がする。野生の動物でもいるのだろう。

岩に寄りかかり、雲を見上げつつ、イルカが言った。

「カカシ先生、凄腕とか言われてるのに、実は暇なんですか?」

「開口一番から失礼極まりないな、おい」

「いや、こんなとこでのんびり温泉つかってるから」

「あんたが誘ったんでしょうが。っつーか、俺には休息する権利もないのかよ」

「忍らしく、身を粉にして働くがいい!」

「あなたも同業者ですが?」

イルカは悟った者の目で遠くの山を見つめた。

「……そんな時もありましたかね。今の俺はたんなる好好爺志望の温泉野郎ですが」

「あなたから仕事に対する意欲を感じた事ないんですけど、どうなってんです?」

「どうにかなってます」

「間違っちゃいない返答ですが、同時に流れを読んでない回答でもありました」

「流れに逆らいたい、微妙な中忍心とでも申しましょうか」

「申さなくていいよ?」

「俺に発言権を与えようとしない上忍様に対し抱いた感情。そう、それは驚愕!」

「そんだけベラベラ喋っといて、驚愕もクソもないでしょうに」

「上忍様を否定しないあなたは、自己顕示欲が強く、プライドも高いでしょう。胃腸が弱い傾向にありますので、体調管理には気を付けてください」

「でたらめな無料占いを、どうもありがとう」

「どういたしまして。いやぁ、お礼の言葉をもらうような大した事ができたわけじゃありませんが、お気に召したんでしたらいつでも言ってください」

「くそっ……わざとだと分かっていても腹が立つ」

「まぁまぁ、それよりも周りを見てください。大自然に囲まれた露天風呂を満喫しようじゃありませんか」

カカシは心を静めるため、深呼吸すると、辺りを見渡した。

「そうですね。たまにはのんびりするのも悪くないです」

「まぁ俺は、林の中から食欲に満ちた目でこちらの様子を窺っている熊が気になって、それどころじゃありませんがね」

カカシはイルカの視線の先を見る。バカでかい熊と目が合ったような気がした。

「カカシ先生、前から熊と戦いたいって言ってたじゃないですか。あちらさんから来てくれて、よかったですね」

「俺が熊と戦いたかったなんて、今初めて知りましたよ」

 言ってる間に、巨体が動き出した。イルカはカカシの背中を蹴って、人身御供にする。

「なにすんだー!」

「あなたの尊い自己犠牲は忘れません! 確証はありませんが、一時間くらいは忘れません!」

岩に足をかけ、今まさに温泉から上がろうとしている。

「させるかぁ!」

駆け出そうとしたイルカの足首を掴むことに成功したカカシは、再び逃亡者を温泉に引きずり込んだ。

「なっ……背後の味方が敵になろうとは!」

「それは俺のセリフだ!」

カカシは熊よりもまずイルカに制裁を加えるべく、臨戦態勢を取った。だからといって熊の存在を忘れたりはしていない。

イルカ、カカシ、熊。三つ巴のような状態。

男たちの熱き戦いは、まだ始まったばかりである。


2008.5.10

 

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