リンゴ

千切れないように包丁でリンゴの皮を剥くイルカ。鮮やかな手付きでどんどんリンゴが剥けていく。口にはリンゴの皮の端。剥いた皮がすごい勢いで口の中に消えていく。

どこまでも真顔で、なぜか正面を向いており、口と手だけが忙しなく動いている様をカカシは見ていた。

「キテレツな科学者が道楽で作った、使い道がない人形みたいですね」

正直な感想を述べた。

イルカはシャクシャクと良い音をさせながら皮を食べ終え、言った。

「この食べ方だと二度おいしい」

「訊いてねぇですよ」

「こんな食べ方をする理由を問われるとばかり思っていたんですが、違いましたか」

「なぜ正面向いて真顔だったのかって事の方が気になりましたよ」

「リンゴ食べるのに喜怒哀楽を表現しなきゃいけないんですか?」

「真顔と正面にリンゴを加えてミックスすると、あら不思議。素敵にキモいシチュエーションの出来上がりです」

「正面向いて満面の笑みの方がよかったと」

「キモさ五割増し」

「大サービスですね。サービス精神旺盛な俺としては、今度機会があれば挑戦したいと思います」

「嫌がらせですね?」

「受け取り方は個人に委ねられてます。そう、キモいと思う感情もまた然り。このあいだ、ネジを回すと踊る、ネープルスイエローボディの熊のぬいぐるみを見たんですが、その時に改めてそう思いました」

イルカはどこか遠くを見つめて溜め息を吐いた。

「子どもが喜びそうな玩具じゃないですか」

「ええ、体をくねらせながら、短い足をバタバタ動かして円を描くように移動するそれを、子どもたちは『かわいい』と言って見つめていました」

「話を聞く分には、なんら問題はなさそうなんですが」

イルカは頭を振り、カッと目を見開いた。

「そのぬいぐるみ、ニヤけた顔して、延々うかれた動きを繰り返すんですよ!?」

「自主的に別の動きされた方が怖いよ」

「しかもズボンを着用してないセクシャルぶり!」

「放っといてやれよ」

「さらに右手には大好物の蜂蜜が!」

「なに、この叫んだもの勝ちみたいな流れ」

「やつは、艶かしい四肢を惜しげもなく晒して、恥ずかしくないというのか!」

「とりあえず落ち着け」

カカシの拳がイルカの脳天に振り下ろされた。重い音がして、一瞬白目をむきかけたイルカであったが、なんとか意識は保っているようだ。

フラフラと横に揺れ、やがて元の位置で止まる。

「まぁ、そんな光景を小一時間見つめ続け、あまりのクレイジーさに目眩がしたという話なんですが」

「病んでるのか暇人なのか微妙なラインですね」

「まぁ、そんなわけで、俺は受け取る側にすべて委ねられていると思うわけですよ」

「さっきから気持ち良いくらい俺の発言を流してますよね」

「受け取り方は人それぞれだと、つい今しがた話したじゃないですか」

「一瞬騙されそうになりましたが、一般常識と照らし合わせると、無視は良くないかと思われるんですが」

「気のせいだと疑うこともなく、俺が無視をしたといって責めるんですね?」

「疑う余地がなかったんで」

「でしたら、答える価値もない言葉の羅列を俺にぶつけたかもしれないと自己を振り返ってみてはいかがでしょう」

「結局無視してんじゃねぇか」

「真実は俺の中……」

「間違っちゃいねぇですね」

「そうそう、俺、リンゴの皮以外には興味ないんで、剥いたやつは差し上げます」

処理を押し付けられた気分です、という言葉を飲み込み、カカシはリンゴをかじりながら、今一度、これが好意によって手渡されたものかどうかについて考えたそうな。


2008.4.28

 

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