玄関

カカシがイルカ宅の玄関を開けると、両の掌を天にかかげ、片膝をあげている家主と目が合った。

奇妙だったので、とりあえず閉めてみる。

時間を置いて再度開けると、両腕を左右に伸ばし、重心やや左ぎみでつま先立ちしている家主と目が合った。

そして、そのままの状態で近寄ってくる。

「心底キモい」

扉を閉めた……が、隙間を開けて覗いてみる。

イルカが玄関先で水魚のポーズをしていた。

「意図が読めません。もう一回扉閉めたくなりました」

「閉める度に、次の俺のポーズに期待を抱いてる自分に気付いてしまいましたか」

「普通にありえないだろ」

「この世にありえないことなど存在しないのです」

「アホな体勢の人間に意見されると、全部否定したくなるのはどうしてでしょうか」

「否定したくなるのは、心のどこかで肯定する自分が存在するからかも知れませんよ?」

「もっと単純な問題でしょうね。そう……肯定したら自分も同類と見られそうで嫌だといった感じの拒絶」

「受け入れてください」

「そんな罰ゲームお断りです」

「かっこいい俺がそんな事できねぇよ! とでも言いたげですね」

「俺の評判落としにかかるの、やめてください。ナルシスト設定を捏造されても困ります」

「俺は困りません」

「でしょうね。ところで、そろそろそのポーズの意図をお聞かせ願いたいんですが」

「お断りです」

「流れ読めよ」

「説明する流れだったかどうかの論議は後にして……」

「後に回さず忘却してください」

カカシのセリフを無視して、イルカは話し始めた。

「人を油断させ、その隙に攻撃を仕掛ける。初歩的かつ当たり前なんですが、なかなか難しいんですよね。これは手品も同じ事だと俺は思うんです。人の目を如何にして別のところに向けさせ、気付かれぬように攻撃という名のマジックを成功させるか。彼らはそれを模索し続け、芸術とも評するべき技を我々の眼前に突き付けるのです!」

「どこまで脱線する気だ、あんた!」

「たまには寄り道も良いものですよ?」

「本筋に戻る気がない寄り道を、俺は寄り道とは認めません」

「狭量ですね」

「失礼極まりねぇな、おい」

「あと、口調が統一されてないのも、どうかと思います」

「何のダメ出しだよ」

「そういうわけで、人を油断させるポーズを模索してました」

「話をぶつ切りにすると、接続詞が意味を持たなくなると早く知ってください」

「でも、理由は分かったでしょう」

「理由が分かっても、現状を理解できるわけではないと学びました」

「理解できないものを前に、混乱して隙はできませんでしたか?」

「むしろ警戒しましたよ」

「ふむ、逆効果だという結果が出てしまいましたか。仕方がないので別の作戦を練ることにします」

隙間から見えた奇妙なポーズのイルカと、その隙間から部屋を覗く怪しいカカシの背中を目撃してしまった仕事帰りの隣人は「この人たち何してんだ?」と恐怖しながら早足に自宅に飛び込んだそうな。

理解できないものを目にした時の反応は人それぞれ、というお話。


2008.4.17

 

close