食材

イルカが居間に鍋を持ってやってきた。春といってもまだ寒い。特に今夜は冷えるので、温かい食べ物は嬉しかった。

「給料も入ったんで、珍しい食材で見たこともない夕飯を作ってみました」

カカシは静かに箸を置いて立ち上がった。

「あんた逃げる気か!」

イルカが出口をふさぐ。

「……いやだなぁ。お茶を取りに行くだけですよ」

「嘘ですね。明らかに嘘ですね!」

「俺に嘘吐かせてまで逃げさせるような夕飯を作ったあんたが悪い」

「今度は責任転嫁ときたもんだ。なんて恐ろしい子!」

「真に恐ろしいのはあなたの頭か行動か、実に俺を悩ませてくれる問題です」

「まぁ、食材を無駄にするのは漁師さんや農家の方に失礼なので食べましょう」

「本当に失礼なのは、変な手の加え方をする料理人なんですけどね」

イルカは顎に手をあてて考え込む。

「なんか勘違いしてません? 普段あんまりこの家で使わない、という意味で珍しい食材と言っただけですよ。他の家なら普通に食卓並んでるかもしれないような物ばかりです」

カカシは腰を下ろした。

「奇怪なキノコぶち込んだ汁とか、海ブドウまみれの鍋とか出てくると思ってました」

「俺も食べるのに、そんな物作るわけないでしょうが」

当然のようにイルカは言った。

「あなた、本当に自分大好きですね」

「婿にもらってもいいと思っているくらいには好きですよ」

「もらえるものなら、もらってみやがれ」

「後で吠え面かくなよ!」

「よく分からんところで意地張りますね、あんた」

さておき夕飯である。

「……普通ですね」

たんなる鍋だ。

「ムール貝やツバメの巣をミソで煮込んで旨いかは謎ですが」

カカシは呟きながらも安堵していた。

「あっカカシ先生、入れてあげますよ」

「お願いします」

器が煮詰まったイクラで埋まった。

「キモい!!」

「サービス増量中です」

「欠片も嬉しくねぇ!」

「使い方がよく分からないけど使ってみたかった食材達を、どうすれば失敗せずに食せるか。答えは『煮込む』だと思いまして」

「簡単な食材で、ばかでかい失敗を犯してますね。イクラの美味しい食べ方を知らぬとは言わせませんよ?」

「いやだなぁ。イクラは冷蔵庫にあったから入れてみただけですよ。俺は今日、全ての物を煮込むと決めてたんです」

「そんな腐れた決意を持つのはいいですが、できれば貫かないでいただきたかった」

「勿体ないので食べてください」

「美味しく料理して食べてあげるのが、食物連鎖の上に位置する人間の義務だと思います」

「さっさと食べないと、冷えたイクラを味わうハメになりますよ」

言われ、カカシは勢いでかっこんだ。

「お味は?」

「イクラは置いといて……様々なダシが出てますね」

「ダシは鍋の命です」

「すげぇ微妙な命が誕生してますよ」

イルカは小首を傾げ、一口飲んでみた。

「高級食材からにじみ出た何かが混ざり合えてなくて、それが具材に絡んで微妙な物体と化してますね……」

カカシの言葉にイルカは頷く。

「まるでカカシ先生のようです」

「お互い様だよ」

二人はしばらく睨み合い、やがてどちらともなく視線を逸らすと、黙々と箸を進めた。

完食するという共通の目的を持ちながらも、どこかギスギスした空気の漂う食事風景だったそうな。


2007.05.16

 

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