反面教師再び

「イルカ先生、ちょっと聞いて欲しいんだけど」

教え子の一人が思いつめた顔で声をかけてきたので、イルカは「何だ?」と立ち止まった。まだ幼いけれど、なかなか優秀……かもしれない教え子は、言い難そうに視線を泳がせている。そして周囲に人がいないのを確認すると、顔を赤らめて話し始めた。

「あのさ……こんな事先生に相談するのもアレなんだけど……」

「よし、他の人にきけ」

「あんた、それでも教師ですかぁ?」

「困りごと相談室の人間でない事は確かです」

いきなり背後に現れたカカシに驚きもせず、にこやかに答えた。

「人生の岐路に立たされてるかもしれないんで、ちゃんと聞いてあげましょうよ」

さぁ話せ。そう言わんばかりの目でカカシはイルカの教え子を見た。少年は明らかに動揺している。

「えっと……俺、好きな子がいまして……」

「どんな子なんだ?」

イルカの問いかけに、少年の口調が砕けたものに変わる。

「顔が可愛いくて、それでいて優しくて、気配りもできる良い子なんだ」

イルカはフッと笑った。

「お前の幻だ」

「先生ー!?」

「俺はそんな女、見た事ない!」

「自分の経験で断定しちゃいましたね、あんた」

「ほら……若い頃って妄想抱きやすいじゃないですか」

「妄想抱いて喜ぶくらいなら、現実の腹黒い女で満足する派だったんで」

「教え子を前にして生々しい話はやめていただけません?」

「若い頃から現実見つめるのって大切ですよ?」

「俺、ちょっと素直になります。教え子の事を考えてるフリをしていましたが、さり気に女に不自由してなかったと自慢してんじゃねぇよ……と腸煮えくり返りそうな自分を発見しました」

「あんたのそういう素直なところ、嫌いじゃないですよ」

「素直に感情を吐露しすぎたと反省する気持ちもあります」

「その反省が人間を成長させるのかもしれませんね」

「お気遣いありがとうございます」

そこで二人の大人の視線が少年に向けられた。

「つまりそういう事だぞ」

「あぁ、俺の存在忘れてるのかと思ってた」

「何を言ってるんだ。全部お前の事を思ってなされた会話だぞ?」

「さっき『教え子の事を考えてるフリ』言っちゃってましたよ、あんた」

「カカシ先生は相変わらず細かいですねぇ」

二人のやりとりを見ていた少年は、正直女の事などどうでもよくなってきていた。早く帰りてぇなぁ。それだけを強く思う。

「先生、分かったよ。つまり自分に素直になれって事だよな」

「俺の人生の唯一、かつ永遠のテーマだ」

「もっと壮大なテーマ持って生きましょうよ」

「本当に細かい人ですねぇ」

再びどうでもいい会話を始めた二人に、少年は軽く右手を上げて、聞いていないと知りつつも挨拶を述べた。

「それじゃあイルカ先生、はたけ上忍、さようなら」

少年は背を向けて歩き出した。別れの言葉は聞こえてこない。それでいいと思う。なぜなら皆プライベートでは自由人である権利を持っているのだから。

これは大人への階段をのぼり始めた少年の話である。


2006.07.27

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