健康診断
イルカは青い顔をして何かに怯えているようだった。 「イルカ先生、まさか……」 カカシが目を細める。 「さっき食った柿、帰り道にあるお宅から失敬してきたんですか?」 「教師である俺が、そんな事するか!」 「ちょっと形が変わっちゃったけど、戻しましょうか?」 「んな半固体いるか! そもそも、してないって言ってんでしょうが!」 「んじゃ、なんでそんな顔してんですか?」 「明日、健康診断なんですよ」 「……ふぅん」 カカシはよっこらせと体を倒して、手元にあった本を開いた。 「火遁」 カカシの手元から火柱が上がった。 「ぎゃあ!」 放り投げた本がイルカの頭に乗っかる。 「ぎゃぁ!」 イルカの頭が燃えた。 すぐさま消火したが、ちょっとアフロになった。床に手をついて肩で息をしていたイルカは、落ち着きを取り戻すと、ドスドスと足音を立てながらカカシに近付いた。 「あんたの毛という毛を、全て俺のカツラを作るために捧げろ!」 「お断りだ!」 「もともと薄いんだから良いでしょう!?」 「薄くありませんよ!」 「いいや、あんたの髪は右側から徐々に薄くなりますね。俺には分かります」 「変な遺伝子を勝手に組み込まないでください」 「まぁ、時が来れば結果が出るハゲ話はおいといて……」 イルカは溜息を吐き、頭を叩いて燃えた毛を落とす。それをガムテープで取りながら話を続けた。 「俺、明日健康診断なんです」 「……」 「根掘り葉掘り訊いてください!」 「あぁ! そういう反応示して欲しかったんですか」 カカシは納得して「引っかからないといいですね」と言った。しかし、何が気に入らないのか、イルカは眉間に皺を寄せ、卓袱台を人差し指でトントンと叩いている。 「もっと愉快なコメントを」 「あんたの望む未来が欠片も見えてこねぇよ!」 「俺にはあなたの望む事が分かりますよ」 「言ってみてください」 「早くこの会話終わらねぇかなぁ」 「大当たりですよ。分かってんなら終わらせろよ」 「いつでも自分の望むとおりに事が運ぶと思ったら大間違いです」 「思ったことないですよ。いつも期待を裏切られてはいますがね」 苦々しげにカカシが言った。 「それで明日の健康診断の話なんですが……」 「続けるんですか」 「むしろ今からが本題です」 「長すぎる前フリは、肝心な箇所を曖昧にしてしまいがちですよ」 「手厳しい」 「いいから早く本題に入っちゃってください」 イルカは咳払いをして、表情をあらためた。 「胃カメラ怖い」 「はぁ」 「本題終わり」 「短いにも程があるでしょう」 「曖昧にならないために、簡潔にしてみました」 「はい、ごめんなさい。俺が悪かったです。胃カメラ嫌いなんですか?」 そのセリフに、イルカの双眸がギラリと光る。 「異物飲み込めなんて、無茶を言うにも程があります! っつーか嬉々として飲み込む奴は真性マゾに違いない!」 「上手い人が入れてくれると、あんまり辛くないですよ?」 「はたけ=マゾッホ=カカシが!」 「人に変なミドルネームつけないで!」 「変とはなんですか。マゾッホさんは歴史学の講師まで務めた事のある著名な小説家なんですよ?」 「説明されても。っつーか里の外の事に詳しいね」 「惚れ直すことを許可します」 「辞退します」 「カカシ先生は俺が嫌いなんですか!?」 イルカが悲痛な声で叫んだので、カカシは「なに言ってんですか。そんなワケないでしょうが」と慌てて答えた。 「じゃあ、俺に変化して健康診断受けてください」 「愛ゆえに、あなたに健康診断を受けてもらいます」 次の日、逃亡に失敗したイルカは、カカシに引きずられて健康診断の受付に現れたそうな。 2005.10.31 |