坂道
神妙な顔でイルカが言った。 「俺、したい事があるんですよ。勇気がなくてできなかったんですが、今ならやれるような気がします」 「何ですか?」 「手伝って欲しいので、一緒にきてください。外のリアカーを引っ張ってもらっても良いですか?」 「それくらいなら」 カカシは腰を上げて、イルカの後を追った。
夕暮れ時に、二人は草の生えた坂の上にいた。沈みゆく太陽を見つめながら、イルカは精神を統一しているのだろう。目を細めて微動だにしない。 変な勇気を持たなければ良かったのに。 カカシは未来を予想しながら、そんな事を思った。 「ここからリアカーで降りたいと思います」 唇の片端を吊り上げ、男前な顔をしながら、イルカは急斜面を見下ろしていた。 夕日がやたらと眩しい。 「一日の終わりに、自分の人生すらも終わらせる気ですか?」 「とんでもない! 俺は生きて、達成した後の余韻を満喫するつもりです」 「最後に聞いてきますが、何ゆえこんな事をしようと思ったんでしょうか?」 「何となくやりたかったんです。理由なんてありません。人の好奇心なんて結局その程度のものでしかないんですよ」 「はぁ」 カカシは曖昧に返し、「それじゃあ下で待っているんで」と、その場を後にした。 歩いて降りるのにもコツがいる程急な斜面。リアカーで下ったらとんでもない事になるかもしれない。はたして俺はイルカ先生を助けられるのだろうか。カカシは考えながら平坦な場所に降り立った。 イルカは踏ん切りがつかないのか、数分動きを見せなかった。 諦めるのだろうかとカカシは思ったが、イルカはリアカーを斜面まで移動させる。 そこで手を離し、少し助走をつけると、下り始めたリアカーにイルカは飛び乗った。 「うわぁ!」 ご満悦で手を上下に振っているイルカは、近年稀に見るはしゃぎっぷりだ。 幸せそうで良かった。 カカシは無邪気なイルカに笑みさえ浮かべていた。 ガッ! 変な音がした。 カカシの目に、宙を舞うリアカーが映った。石を踏んで跳び上がってしまったリアカーは、まだ坂の中腹辺りで、助けようにも手遅れだった。 イルカは咄嗟にリアカーから脱出していた。 「うわぁ!」 今度はカカシが声を出す番だった。見事な離脱に拍手を送りたくなる。 直後、イルカは着地に失敗した。 「うわぁ……」 カカシはもはや、どんな思いを込めて声を出して良いのか分からず、ただ本能に任せて呟いていた。 全身を打ちつけながらも、急斜面のため勢いは止まらず、イルカが下に着いた時にはボロボロとなっていた。 動くんだろうか。 とりあえず突付いてみた。 「ちょっと失敗」 「大失敗ですよ」 案外元気なイルカを担ぎ、カカシは家に帰った。 彼の思い付きがロクなもんじゃないと分かっていたはずなのに、どこかで期待していた自分に気付き、ハマッているなとカカシは少し照れ笑いした。 これは、最近カカシも感化されつつあるなぁというお話。 2005.07.08 |