鍛錬

──カカシが任務から帰ってきた

昼間届いた知らせを思い出しながら、イルカは自宅で行っていた腕立て伏せを止め、休憩に入った。

そういえば一ヶ月も会ってなかったんだな、などとボンヤリ考えていると、玄関の扉がノックされた。

下着姿で肩にタオルをかけたままだったが、イルカは待たせるのも悪いと思い、扉を開く。顔だけ外に出して「おかえりなさい」と告げると、カカシは目を細めて「ただいま」と言った。手に持っていた袋を目の高さまで上げて、「一緒に飲みません?」と訊いてくるから、イルカは扉を開いて「どうぞ上がってください」と、カカシを招き入れた。

途端、カカシは持っていた缶ビールを地面に落とした。

「ま……マッチョ」

まだまだソフトの域を出ないが、明らかにイルカの体型が変わっている。

「鍛えてみました」

腕の筋肉を誇らしげに盛り上げて見せるイルカ。

「たった一ヶ月で、ありえない!」

「通販でサプリメント購入してみました」

「明らかにヤバいブツですよ、それ!」

「カカシ先生も飲みます?」

「ヤバいブツ扱いしている人間に勧めんでください」

カカシは頭を抱えて、玄関にうずくまった。

「リアルな肉襦袢とかじゃ……ないんですよね」

「需要なさそうな商品ですね、それ」

……だよなぁ。そう呟くカカシの肩にイルカは手をのせた。

「慰めいらないんで」

「ビール、しばらく冷蔵庫入れておきますね」

「あぁ、身体を見なきゃ、いつものイルカ先生なのに」

カカシは疲れた表情を浮かべながら、イルカに従い部屋に入った。

後ろから恐る恐るイルカの肩に触れてみる。

「しっとりした筋肉の感触がぁぁぁ!」

「さっきまで腕立てしてたもんですから」

「ところで、俺のイルカ先生はいつ戻ってくるんですかねぇ」

「目の前にいますけど」

カカシは暫く目を瞑って黙り込み、そして居間に腰を下ろして自分の前の畳をバンバンと叩いた。どうやら座れといっているらしい。

「何です?」

「先に言っておきますが、俺は外見でイルカ先生を選んだワケではありません」

「俺は外見で選びましたよ」

「……ちょっと時間ください」

カカシは頭を抱えて床をのた打ち回った。そして息を整えながら元の位置に戻る。

「不安定な人ですねぇ」

「元凶が言うな」

「ところで話は何です?」

「前のイルカ先生に戻ってください」

「はい」

「……あっさり受け入れられたー!」

こんなのイルカ先生じゃないと叫びながら、カカシはガタガタと震え出す。

「俺、一度もマッチョのままでいると言った覚えはないですよ」

「……本当だ、言ってないよ!」

無意味に叫ぶカカシ。どうやら混乱しているようだ。

「ちょっとカカシ先生驚かそうと思っただけなんで」

「無駄に努力するの、やめてください」

疲れ切ったカカシの語尾は、小さく消えていったそうな。


2005.06.13

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