呼び方
「イルカ先生、俺の事を呼び捨てにしてください」 「カカシ」 イルカ宅は沈黙に包まれた。 「……いったい何ですか?」 少ししょげているカカシに尋ねた。 「少し躊躇ったり、照れたりしてくださいよ」 「あんたが呼び捨てにしろって言ったんじゃないですか」 「言いましたけどね」 下唇を突き出し、不満げな表情でカカシがイルカを見た。 「だったら、何でそんな顔するんですか」 「さっき言った通りです」 イルカは眉間にシワを寄せ、少し前の事を思い出した。照れたり躊躇ったり……とか言っていたようだが、なぜそんな事をせねばならないのだろうか。 「すみませんが、説明してもらえないでしょうか」 「呼び方を変えるのって勇気がいるじゃないですか。それなのにイルカ先生がアッサリ呼ぶから」 「あなたが言ったんですよ?」 「俺は『呼び捨てにしてください』『何言ってるんですか、恥ずかしいです』という会話を交わしたかったんです」 別に嫌ではなかったから言われたとおりにしただけなのだが。 イルカは、どうやらシチュエーションを楽しみたかったらしいカカシの顔を見て、呆れたように言った。 「えらく乙女チックですね」 「乙女上等!」 「他所でそんな事を口にしないでくださいね」 笑みを浮かべながらも、イルカの目は真剣だった。 「しませんよ。俺のキャラじゃないし」 「それじゃあ言うなよ」 「恋人だけに見せる意外な俺の一面ってやつですかね」 「それを知らなかった俺はすっかり騙されて……」 「もしかして、肩の力を抜いた俺って、イルカ先生にとっては却下!?」 叫ぶカカシに「慣れって、時には恐ろしいですよね」イルカは遠くを見つめてそう言った。 「それって、本当なら遠慮したかったって風にも取れるんですが」 「想像にお任せします」 「任せないで、本心言ってくださいよ!」 「却下って言うとカカシ先生がまた騒ぎ出すから……」 イルカは満面の笑みを浮かべ「どんなあなたでも良いです」と続けた。 「最初のセリフがなきゃ、俺も喜んだんですがねぇ」 「素直に喜べないのは心が汚れているからですよ」 「さりげなく酷い事言ってるって自覚あります?」 「ないです」 即答した。抗議しようとしたカカシを手で制し、イルカはやっぱり微笑みながら言った。 「これが恋人の前でだけ見せる素の俺なんです。カカシ先生に呼び捨てにしろって言われれば素直に、そして自然に従ってしまったりもするし、時々口が悪かったりもしますけど、これが本当の俺なんですよ」 「い……イルカせんせ……」 「って言うと、カカシ先生喜びそう」 「……」 「……」 二人は見つめ合い、イルカ宅に再び沈黙が訪れた。 それからしばらく後、「あんた最悪だ!」とか「やかましい、この乙女野郎!」という怒号を近所の人が聞いたらしいが、だからどうしたとしか言いようがないので省略。 相変わらず二人は仲が良いというお話。 2004.11.01 |