玉子
フライパンをオタマで叩きながら、イルカが寝室に入ってきた。 「起きてください、カカシ先生。朝ですよ」 ガンガンガンガン。 近所迷惑顧みず楽しそうに鳴らし続けるイルカに降参して、カカシはノロノロと起き出した。 「噂ではよく聞きますが、本当にそうやって起こす人を初めて見ました」 「俺も初体験です。噂の人になりたくて、ためしにやってみました」 「意味が分かりません」 カカシは頭を掻きながら、大きな欠伸を一つ。 ガボッ! 開いた口にオタマを突っ込まれた。 「……朝っぱらから何すんですか! 目ン玉飛び出るかと思いましたよ!」 カカシはオタマを口から出すと、怒鳴った。 「まさか入るとは思いませんでした。面白い骨格してますね」 「言いたい事はそれだけでしょうか?」 「……あえて言わせてもらうなら、飛び出る目玉が見たかった」 「出るか、バカタレ!」 カカシは手元にあった枕をイルカに投げつける。 「やる前から諦めるな!」 イルカはそれをフライパンで打ち返し、見事カカシの顔面にヒットさせた。 「し……しかもバカだなんて酷いです」 フライパンをポトリと落とし、イルカは両手で顔を覆う。 「本当に泣くべきは俺なんじゃないでしょうか」 そんなカカシの呟きは、予想通り、綺麗に無視された。 「俺を愚弄して楽しいですか!?」 ガバリと顔を上げたイルカは、傷付いた表情でカカシを見た。どことなく演技くさい。 「……どうでもいいから、ご飯にしましょうか」 「あまつさえ発言を流すなんて……。こうして俺は世の中から徐々に排斥されていくんだ」 「もしかしてバカって言った事を気にして、無理に難しい言葉を使おうとしてませんか?」 カカシの言葉に「賢そうでしょ?」と、ケロリとした表情でイルカが首を傾げた。 「日常会話で使わないだけで、別に難しい言葉でも何でもないと思うんですが」 「俺の努力が水の泡!」 さっきよりも数倍傷付いた顔。しかも今度は本気っぽい。 「力をそそぐ所がおかしいですよ、あんた」 「自分の物差しで全てが測れるなんて思うのは間違いですよ」 「確かにあんたの常識は無理っぽい」 「褒められてる気がしません」 「そりゃ、褒めてないですもん」 「どうせ俺は万年中忍ですよ!」 「自虐的発言だな、おい」 「世の中には色んな種類の人間が必要かと思いまして」 「あんた、俺の中では神の領域ですよ」 意味不明さが、という言葉は飲み込んだ。どう解釈したのか、イルカの機嫌が良くなったからだ。 「さぁ、朝ご飯が冷めちゃいますよ。早く顔を洗ってきてください」 床に落ちていたフライパンを拾って、イルカはそれだけ言うと、寝室を出て行った。
「玉子焼きですか」 言われたとおり顔を洗ってきたカカシが、テーブルに並べられていた朝食を見て、嬉しそうに言った。 「そういえば、カカシ先生は俺の玉子焼き食べるのって初めてですよね」 「はい。おいしそうですね」 「それじゃあ、いただきましょうか」 二人は手を合わせて「いただきます」と言った。 「ところでカカシ先生、玉子焼きは塩派ですか? それとも砂糖派?」 「塩も好きですけど、どっちかっていうと砂糖派」 「そうですか」 イルカはニコニコしながら、カカシが玉子焼きを頬張るのを見ていた。 モグモグと口を動かし、ゴクリと飲み込んでから、カカシは静かに箸を置く。 「……塩なら塩って言ってくださいよ」 「砂糖だなんて、一言も申し上げた覚えはありませんが」 「今の話の流れだと、まるで砂糖を入れた風だったじゃないですか。完全に砂糖の玉子焼きを受け入れる舌になっていた俺の気持ち、あなたに分かりますか?」 「普通の玉子焼きが、簡単にビックリ玉子焼きに!」 「やかましい!」 カカシの怒鳴り声が虚しく響き渡った。 そんな日常の一コマ。 2004.10.14 |