気遣い
扉を開けると、泥まみれのカカシがいた。 「任務ご苦労様です」 労いの言葉をかけて部屋に通し、「お茶とお酒どっちにしましょう?」と問えば、「酒」と短い返答。 二人はしばらく会話もなく酒を飲んでいた。 「……って違うだろうが!」 「いきなり何なんですか、あんたは!」 「泥だらけで人の部屋上がりこみやがって、今日掃除したとこなのに。酒よりまず、さっさと風呂入れ! 何かすっぱい匂いがする! 何日風呂は入ってないんだ!?」 「あんたが酒を勧めたんでしょうが。ちなみに一週間ほど入ってませんけどね。俺はちゃんと風呂を借りてから一息つくつもりでしたよ」 「俺の誘いを断わってでも、まず先に『風呂に入ります』って言うのが、常識ある大人の行動でしょう。任務明けのどこか愁いを含んだ雰囲気に流されて、思わず酒なんぞ勧めてしまったじゃないですか」 「一週間で人間変わるワケもないけど、相変わらず無茶苦茶いいますね、イルカ先生」 「ここは俺の部屋です。すなわち俺がルール」 「いや、外でも充分我侭放題してますよ、あんた」 「そんな事はどうでもいいです。とりあえず風呂に入ってきなさい。沸いてますから」 イルカがビシッと風呂場を指差す。カカシは「はいはい」と面倒くさそうに立ち上がると、素直に風呂場へと直行した。 それから30分後、ホコホコと湯気をまとったカカシが、タオルで頭を拭きながら出てきた。 そこかしこに落ちていた泥は、イルカが綺麗に掃除をしたようだ。 「それじゃあさっきの続き」 そう言って酒の入ったコップに手を伸ばす。 「それ一杯飲んだら寝てください」 一瞬の沈黙の後、カカシがポツリと尋ねた。 「……誘ってるんですか?」 「今の会話の流れだと、明らかに眠ってしまえという意味だと思うんですが」 「えぇ、嫌ですよぉ」 不服そうに口を尖らせるカカシに、イルカは真顔で首を振った。 「ピンポンパンポン、はたけカカシ君に命令です。ごねずに寝ろ」 「抑揚のない変なアナウンス止めてくださいよ」 「風呂も入った。酒も飲んだ。それ以上に何を望むんですか? ってか口を開くな。予想はついたから」 「尋ねておいて口を開くなって……」 「上目遣いで『イルカ先生かな』とか言うつもりだったんでしょう」 「大当たりです」 「カカシ先生の発言は意外性に欠けていて、どうかと思います」 「あんたの言動は予想外なので、俺は困っています」 「褒められちゃった」 頬を染めるイルカに「褒めてねぇよ」とカカシが告げる。 「褒めてくださいよ。俺、褒められるの好きなんで」 「ごめんなさい。褒めようがないので、その役は辞退します」 「褒めてくれないなら寝てください」 「俺って、それだけの存在!?」 イルカは聞いているのかいないのか、大きな欠伸を一つした。 「カカシ先生寝ないなら、俺は先に休みますよ。実は疲れてるんで」 手をヒラヒラと振って寝室に去っていくイルカに「マジで?」と、手を伸ばすも、アッサリ無視される。 数分後寝室に行くと、イルカはすでに幸せそうな寝息を立てていた。 「……俺の身体を気遣ってくれたのかなぁ」 好意的に解釈したものの、カカシは複雑な表情を浮かべたまま、イルカの横におさまったのだった。 2004.10.08 |