イルカは女の気持ちに鈍感な人間だ。

くの一の間でそんな噂が流れているらしい。

イルカが同僚の告白に対して、気持ちを知っているにも拘らず酷い断り方をしただとか、別の女が「あなたみたいな真面目な人と付き合ってみたい」と遠回しにイルカに告白したのに、何を勘違いしたのか、フリーで真面目な別の男を紹介しただとか。

カカシはそれを耳にして首を傾げた。イルカはどちらかといえば、色恋の話も含めて、人の感情に敏感な方だ。そして女には優しい。

何かの間違いではないかと、それとなく女性達に探りを入れたところ、イルカの評判が落ちているのは確かだった。

 

「イルカ先生、この頃評判悪いですよ」

一緒に食事する約束をしていたので、二人並んでイルカ宅に向かう際に、カカシはそれとなく告げてみた。

イルカが片方の眉をピクリと動かし、難しい顔でカカシを見る。

「俺は何が食べたいかと訊ねたんですけど」

「はぁ、夕飯の献立もいいですけど、最近イルカ先生の評判が悪い事の方が俺には気になるんです」

「俺はアカデミーでは厳しく、受付所では笑顔を振りまくという毎日を崩しちゃいませんよ。気のせいじゃないですか?」

付き合う前に、自分を受付所の癒し系だと言って騒ぎまくった男に対して、ニコリと微笑んだ。

騒いだのがはたけカカシだったものだから、人々の興味をひいてしまい、真面目なだけが取柄だと思われていたイルカに目を向ける女が増えた。

それからしばらくの間、労りから微笑んでいたはずなのに、何だか笑顔を作るのが義務みたいに周りから思われて、変なストレスが溜まった事を覚えている。

その原因を作った男と付き合う事になったのだから、人生分からないものだ。

「そうだとよかったんですけどねぇ」

カカシはこの話を終わらせる気がないようで、「どちらにしろ、俺が今気になるのは、カカシ先生が何を食べたいかって事なんですけど」なんてイルカのセリフを無視して続けた。

「俺は女性の口からイルカ先生の変な噂話聞くのは嫌なんですよ」

「ああ、評判が悪いって、女性の事だったんですか」

興味なさげにイルカが言った。

「心当たりあるんですか?」

「同僚が告白してきたから『付き合ってる人がいる』って断ったんですよ。そうしたら『私にチャンスはないですか?』なんて言うもんだから、その発言は俺と、そして付き合っている人に失礼じゃないのかと窘めたんです」

噂話では尾ひれとかついてそうですね。イルカはやっぱり興味がないように淡々とそう言った。

「じゃあ、真面目な人がいいって言って、あんたに告白してきた女に別の男紹介したのは? あれのせいで、致命的に鈍感な男って言われてますよ」

「あの女性は、例の癒し系発言で興味を持って告白してきた人ですよ。面倒だったんで、あえてああしました」

「キッカケが俺の発言だったとしても、彼女は本気だったかもしれないじゃないですか」

「そう言われると反論できませんね。でも、興味のない人間に仕事以外で愛想ふりまくほど八方美人でもないんで」

そう言ってカカシを睨みつけた。

「もともと俺は恋愛云々の話は面倒なんで、避けてきたんですよ。それなのにカカシ先生があんな事を言うから、興味本位で近付いてくる女性が増えて迷惑してるんです。先に言っておきますけど、俺は自分に恋愛感情を抱く人間には冷たいですよ」

「俺には優しいけど」

「自分も惚れてたら話は別です。何も面倒な事にはなりませんから」

カカシは嬉しくてイルカを抱きしめようとしたが、避けられた。

「往来で抱きつこうとなんてしないでください」

「イルカ先生、冷たい」

「当然です。それより噂話については、これで終わりでいいですよね」

「でも、イルカ先生の悪い噂聞くのは嫌だな」

「人の噂も七五日って言うじゃないですか」

当のイルカにまったく興味がないようなので、カカシは「まぁいいか」と呟いた。

噂が気にならないといえば嘘になるが、すべては自分と付き合っているからこそと思えば満たされた心地になる。

「だから、カカシ先生が食べたい物の方が気になるって言ったのに」

そう言って呆れるイルカを、カカシは今度こそ逃さぬように腕の中に抱き込んだのだった。


2004.08.08

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